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雨の土山
雨の土山(『近江名所図会』)

江戸時代は様々な階層の旅人が旅をした時代でした。旅が盛んになるにつれてガイドブックが求められるようになり、それに応えるものとして「名所図会」がありました。名所図会は文字と挿絵で、東海道や中山道の道中や、江戸や京都などの都市を対象に、その名所旧跡を紹介した冊子で、江戸時代後期には数多く出版され多くの人々に親しまれました。

甲賀市域を紹介した名所図会には、『東海道名所図会』(寛政9年〈1797〉刊、全6冊)、『伊勢参宮名所図会』(同年刊、全8冊)、『近江名所図会』(文化11年〈1814〉)、全4冊)などがあり、いずれも東海道にそって記述されており、挿図を眺めるだけでも旅をした気分になることができます。

写真は『近江名所図会』に載せられた土山宿の情景で、「坂はてるてる鈴鹿は曇る、間の土山あめがふる」の鈴鹿馬子唄とともに、雨がしのつくなかを急ぐ旅人の姿を描いて有名です(場所は宿の西方御代参街道との分岐点です)。また、『東海道名所図会』には、名木・名石・碑・名山など多くの記事を載せますが、なかでも寺社に関するものが充実しており、飯道寺や、田村神社が見開きの絵で紹介されています。名所図会に紹介されることで、訪れる人が増えるという「実利」もあったことでしょう。

名所図会には、その土地ごとのの名物も載せています。「名物は葛籠細工の店多し」(水口)、「名物は指櫛。又田村川といふ名酒を賈ふ家あり」(土山)、「名物とて丸き飴を売る家多し」(蟹坂)などとあるように、名所図会に載ることによって、広く知られていった名物もあります。

名所図会は実際に持ち歩くだけでなく、旅の前に学習し手控えを作ったり、居ながらにして旅をするという楽しみ方もあったことでしょう。挿図だけでなく文字情報をたんねんに読むことによって、本来の価値を知ることができるのです。

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