日本遺産に認定されたストーリーを構成する文化財の一覧です。

  こうした文化財や関連する地域資源を活用し、地域活性化を図ります。


文化財の名称 ストーリーの中の位置付け
1 信楽焼窯跡群 常滑の影響を受けて信楽窯は成立し、穴窯で室町・桃山時代の茶陶生産を担い、そして江戸時代には連房式登り窯へ移行した。京焼風小物施釉陶器は江戸・東京まで流通し、戦後、火鉢は日本全国で用いられた。
2 信楽焼 古信楽を範とした伝統的技法による作品のつくり手のみならず、信楽の伝統を活かした制作を行う芸術性の高い作家まで広くその対象としている。
3 古信楽 室町時代後期になると、茶壺、蹲、鬼桶水指は「侘」「寂」といった自然観を備え、堺・奈良・京都などの町衆に茶陶として見出された。
4 江戸時代の信楽焼 連房式登り窯の導入後、将軍家に献上する宇治茶を詰めるための腰白茶壺、そして一大ブランドとしての地位を築き上げていた京焼の需要を補うため、小物施釉陶器の生産へ移行した。
5 近代信楽焼製品 近代信楽の主産品である糸取鍋や火鉢、汽車土瓶、そして戦時中の代用陶器の試作品などの資料が現在も残されている。
6 岡本太郎作品 信楽の技術に注目した岡本太郎は、信楽で大阪万博のシンボル「太陽の塔」の背面の「黒い太陽」など作品の制作を行った。太陽の塔の顔レプリカや今も人気を博している《坐ることを拒否する椅子》は信楽伝統産業会館で常設展示されている。
7 古琵琶湖層 琵琶湖は伊賀付近に約400万年前に誕生した古代湖が北上を続けて、約100万年前に現在の位置まで移動した。湖の底に溜まった土砂や動植物の残骸などが堆積したのが古琵琶湖層で、ここから採取される土はやきものに適した土として信楽・伊賀のみならず京焼でも用いられた。
8 信楽たぬき 昭和26年(1951)、昭和天皇が行幸された際に、信楽たぬきを並べて奉迎した。これが報道を通じて注目されて信楽たぬきは全国的に知られるようになったといわれる。
9 窯元散策路 信楽の町は産業景観、なかでも伝統産業によって形成される集住・産業・街区景観である。
10 信楽火まつり 窯元と従業員らが、やきものを焼く火に感謝し、また鎮火を願って氏神である新宮神社で元火を受け、松明を肩に担いで、愛宕山山上の火の神を祀る愛宕神社に奉納するまつり。
11 陶器市

"各産地で行われる陶器市は、海外からも多くの人が訪れる有数のイベントである。店頭に並べられた陶器はさながらまちなかのミュージアムとなり、来訪者はやきものの肌触りを味わい、使い込むほど味が出る六古窯の陶器を求める旅情を楽しめる。信楽陶器まつり(10月)信楽まちなか芸術祭(10月、3年に1度)