かつてうみが去り、その名残を深く抱くこの土地では、まるで地中に埋もれた木々が時を超えて息吹を吹き返すように、様々な命の音が紡がれていた。
乗馬クラブで馬の世話をしている小海は、まだこの街に居場所を見つけられないでいた。
ある日、街に住む一人の表現者がライトモチーフ※1に誘われ、身体を揺らし、踊り始める。
その踊りは、大地と共鳴し、遥か昔からの記憶を呼び覚ますかのように見えない風景を描き出す。
これは、まだ形にならない「物語」の始まりだった。
一方、この街には別の物語も存在した。
小さな声が交わされる街の花屋では、目には見えない絆が静かに紡がれている。
そこでは、人々が互いのささやきに耳を傾け、小さいが確かな繋がりが生まれていた。
『学校に行けない子供が通う乗馬クラブがあったり、焼き物なんかもある、市役所の人もよう頑張っとるし、大きい祭りもある』
『そんな人が話せるように、ここでラジオやってんねん』
『街のラジオ、小さいけどな、大切やと思うねん』
そこには生きてきたリアリティに裏打ちされた、大人たちの「物語」があった。
そこへ旅人のダンサーがやって来る。
ダンサーの提案で、古びた建物が街の人々の手により新たな舞台装置へと生まれ変わる。
舞台にはこの土地が宿す深遠な記憶が刻まれ、様々な表現が生まれていく。
まるで長い時を経て掘り起こされたメタセコイアの化石が再び息づくかのように、人々の営みと重なり合い、新たな調べを奏で始めた。
ダンサーによるこの街を題材にした舞台上演の夜、光と影が交錯する中、ダンサーの舞は観る者たちの心の奥底にある記憶のうみを揺り動かし、遠い過去と現在が交差する瞬間を生み出していく。
小海は確かに交差する人々の記憶と繋がりを目の当たりにし、自分の居場所を少しずつ見出していく。
こうして未来を紡ぐ物語と過去を語る物語は、直接には交わらず並行して進みながらも、少しずつ重なり始め、やがてその鼓動は街全体に広がり、人々は共鳴し合い、うみが去ったあとに生まれたこの場所で、見えないものに耳を澄ませ、遠い記憶の残響に身を委ねていく。
※1 登場人物の心理変化を喚起する、あるいはあらたな行動へと駆りたてる、短いメロディやハーモニーによる音響
